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<feed version="0.3" xml:lang="ja" xmlns="http://purl.org/atom/ns#" xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"><title>中高年も成長する！　大人が、自分を育てる手がかり足がかり</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/" /><modified>2008-04-19T14:37:54+09:00</modified><tagline>自分自身が成長するために、
自分が、自分を、育てていきますよ〜♪</tagline><generator url="http://jugem.cc/">JUGEM</generator><entry><title>大事なことでも、忘れる</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=819024" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=819024</id><issued>2008-04-19T14:39:45+09:00</issued><modified>2008-04-19T05:37:54Z</modified><created>2008-04-19T05:39:45Z</created><summary>自分で、変えたいと思っていたのに、
実行に移せずにいるのは、
そのことが大事ではないから、
という訳ではありません。

自分にとって大事なことが、
心の中で、常に優先順位が高く、
常に、意識されているとは限らないのです。

目先のことに追われ、
目先のことに対処しているう...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[自分で、<strong>変えたい</strong>と思っていたのに、<br />
実行に移せずにいるのは、<br />
そのことが<strong>大事ではない</strong>から、<br />
という訳ではありません。<br />
<br />
自分にとって<strong>大事なこと</strong>が、<br />
心の中で、常に<strong>優先順位</strong>が高く、<br />
常に、<strong>意識</strong>されているとは限らないのです。<br />
<br />
目先のことに追われ、<br />
目先のことに対処しているうちに、<br />
<strong>大事なこと</strong>が、<strong>後回し</strong>になるだけでなく、<br />
<strong>忘れられてしまう</strong>ことさえあるのです。<br />
<br />
そんなときには、<br />
<strong>何か忘れているような感覚</strong>や、<br />
<strong>このままではいけないような感覚</strong>だけしか、<br />
残らなかったりします。<br />
<br />
<strong>大事なこと</strong>なら、<strong>忘れない</strong>、<br />
とは限りません。<br />
<br />
<strong>忘れている</strong>ということは、<strong>大事ではない</strong>、<br />
とも言い切れません。<br />
<br />
だから、<br />
<strong>大事なこと</strong>は、書きとめておきましょう。]]></content></entry><entry><title>あなたの変化をじゃまする人</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=774655" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=774655</id><issued>2008-01-19T20:50:50+09:00</issued><modified>2008-01-19T11:58:41Z</modified><created>2008-01-19T11:50:50Z</created><summary>たとえ、
あなたが良い方向に変わるとしても、
あなたが変わることを、
すべての人が、歓迎してくれるわけではありません。

あなたの変化を、快く思わない人も出てきます。

しかし、
あなたの変化を、歓迎しない人がいるからといって、
あなたが変わろうとしていることが、
間違い...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[たとえ、<br />
あなたが良い方向に変わるとしても、<br />
<strong>あなたが変わる</strong>ことを、<br />
すべての人が、歓迎してくれるわけではありません。<br />
<br />
<strong>あなたの変化</strong>を、快く思わない人も出てきます。<br />
<br />
しかし、<br />
<strong>あなたの変化</strong>を、歓迎しない人がいるからといって、<br />
<strong>あなたが変わろう</strong>としていることが、<br />
<strong>間違いだ</strong>、という証拠にはなりません。<br />
<br />
<strong>あなたの変化</strong>を、快く思わないのは、<br />
自分は変わりたくても、変われないでいるために、<br />
あなたを、<strong>妬んでいる</strong>のかもしれません。<br />
<br />
あるいはまた、<br />
<strong>あなたが変わってしまう</strong>と、<br />
もう今までのように、自分に都合良く、<br />
あなたを、<strong>利用できなくなる</strong>からかもしれないのです。<br />
<br />
そのような人たちは、あの手この手で、<br />
<strong>あなたが変わろう</strong>とするのを、<br />
直接、<strong>じゃま</strong>したり、<br />
<strong>不安</strong>がらせたり、<strong>おびえさせる</strong>ようなことを、<br />
言ったりするかもしれません。<br />
<br />
けれども、そんなときは、<br />
自分の<strong>人生の主人公</strong>は、<br />
<strong>自分自身</strong>であることを、思い出してください。]]></content></entry><entry><title>付き合う人で、変わる</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=738741" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=738741</id><issued>2007-11-08T16:03:58+09:00</issued><modified>2007-11-08T07:02:13Z</modified><created>2007-11-08T07:03:58Z</created><summary>自分だけの力で、
変わろうと思っても、難しいものです。
なので、人の力を借ります。

その一つに、
付き合う人を、替える、
というのがあります。

自分が変わりたい方向の人と、
関わりを持つようにするのです。

変わりたい方向の人とは、、
お手本としたいような人かもしれないし...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[自分だけの力で、<br />
<strong>変わろう</strong>と思っても、難しいものです。<br />
なので、<strong>人の力</strong>を借ります。<br />
<br />
その一つに、<br />
<strong>付き合う人</strong>を、<strong>替える</strong>、<br />
というのがあります。<br />
<br />
自分が<strong>変わりたい方向の人</strong>と、<br />
<strong>関わりを持つ</strong>ようにするのです。<br />
<br />
<strong>変わりたい方向の人</strong>とは、、<br />
<strong>お手本</strong>としたいような人かもしれないし、<br />
自分と<strong>同じような願望</strong>を持っている人かもしれません。<br />
<br />
あるいはまた、<br />
自分が変わることを、<strong>歓迎</strong>してくれる人かもしれないし、<br />
<strong>応援</strong>までしてくれる人かもしれません。<br />
<br />
そうではなくて、<br />
単に、変わりたい方向についての、<br />
<strong>知識</strong>を持っている人かもしれません。<br />
<br />
そのような人たちと関わりを持っていると、<br />
<strong>変わろうという意欲</strong>を、持続することができます。<br />
<br />
そしてまた、<br />
知らず知らずのうちに、<br />
<strong>影響</strong>を受け、<strong>変わることが容易</strong>になる、<br />
ということもあります。<br />
<br />
だから、<br />
自分を<strong>変えたい</strong>、<strong>変わりたい</strong>、<br />
と思ったとき、<br />
どんな人と<strong>関わりを持つ</strong>ようにしたらよいのか、<br />
ということについても、考えてみましょう。]]></content></entry><entry><title>小さな変化</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=728170" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=728170</id><issued>2007-10-20T15:21:14+09:00</issued><modified>2007-10-20T06:19:38Z</modified><created>2007-10-20T06:21:14Z</created><summary>変えたい気持ちはあるのに、
なかなか、思い切った行動がとれずにいる、あなた。
諦めないでください。

たとえば、
あなたが、今、立っている、その地点から、
正面を向いて、歩いて行くとします。

もし、
あなたが、正面ではなくて、
正面よりも、ほんの少しだけ右に、
歩いて行く...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>変えたい</strong>気持ちはあるのに、<br />
なかなか、<strong>思い切った行動</strong>がとれずにいる、あなた。<br />
諦めないでください。<br />
<br />
たとえば、<br />
あなたが、今、立っている、その地点から、<br />
正面を向いて、歩いて行くとします。<br />
<br />
もし、<br />
あなたが、正面ではなくて、<br />
正面よりも、<strong>ほんの少し</strong>だけ右に、<br />
歩いて行くと、どうなるでしょう。<br />
<br />
正面を向いて、歩いて行くときと、<br />
<strong>ほんの少し</strong>右を向いて、歩いて行くときと、<br />
一歩前へ、進んだだけでは、<br />
その差は、<strong>わずか</strong>です。<br />
<br />
けれども、<br />
前へ、進めば進むほど、<br />
差は、どんどん開いて、<strong>大きく</strong>なっていくのです。<br />
<br />
だから、<br />
<strong>一気に大きく変える</strong>ことが、できなくても、<br />
諦めないでください。<br />
<br />
今、できることが、<br />
ほんの少し、向きを変えることだけでも、よいのです。<br />
そのことが、いずれ、<strong>大きな変化</strong>をもたらします。<br />
<br />
<strong>小さな変化</strong>を、<br />
決して、あなどることはできないのです。]]></content></entry><entry><title>最悪を迎えないために…その２</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=724808" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=724808</id><issued>2007-10-14T11:19:16+09:00</issued><modified>2007-11-01T07:10:49Z</modified><created>2007-10-14T02:19:16Z</created><summary>このまま、現状を選び続けていれば、
最悪の事態までいくだろう、
ということを、知っているだけでは、
ダメな場合があります。

もし、あなたが、
知識として知っている最悪までいく例と、
自分との、違い探しを一生懸命やっているなら、
要注意です。

自分の場合とは、ここが違う...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[このまま、<strong>現状</strong>を選び続けていれば、<br />
<strong>最悪の事態</strong>までいくだろう、<br />
ということを、知っているだけでは、<br />
ダメな場合があります。<br />
<br />
もし、あなたが、<br />
知識として知っている最悪までいく例と、<br />
自分との、<strong>違い探し</strong>を一生懸命やっているなら、<br />
要注意です。<br />
<br />
自分の場合とは、ここが違うから、別だ。<br />
自分の場合は、それほどまで、ひどくないから、<br />
当てはまらない。<br />
<br />
そうやって、<br />
<strong>違い探し</strong>を続け、自分の場合は違う、<br />
と言っているうちに、<br />
<strong>最悪</strong>を迎えてしまうことがあるのです。<br />
<br />
知識としては、知っているのだけれど、<br />
どうしても、自分自身のこととして、<br />
認められない、<strong>認めたくない</strong>、<br />
という気持ちが、<strong>違い探し</strong>をさせているのです。<br />
<br />
<strong>認めたくない気持ち</strong>が、先にあると、<br />
自分の<strong>現実</strong>を冷静に見ることが、<br />
できなくなってしまうのです。<br />
<br />
こうした場合、<br />
自分の中の、<strong>認めたくない気持ち</strong>に、<br />
<strong>気づく</strong>ことが重要です。<br />
<br />
すると、<br />
自分の中には、<strong>認めたくない気持ち</strong>はあるが、<br />
<strong>現実</strong>は、どうなのだろう、<br />
と考える余裕が出てくるのです。<br />
<br />
<strong>最悪</strong>までいく例との、<strong>違い探し</strong>をしている、あなた。<br />
自分が、それに当てはまることを、<br />
<strong>認めたくない</strong>ために、そうしてはいないか、<br />
自分に聞いてみましょう。]]></content></entry><entry><title>最悪を迎えないために…その１</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=721385" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=721385</id><issued>2007-10-08T11:40:55+09:00</issued><modified>2007-10-08T02:39:51Z</modified><created>2007-10-08T02:40:55Z</created><summary>最悪の事態になってから、
新たな行動を起こす、
というのは、
新たな行動を起こすことに不安があるから、
だけとは、限りません。

そもそも、
新たな行動を起こさずに、
現状を、選び続けていれば、
最悪の事態まで行くということを、
知らない、という場合もあります。

要するに、
...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>最悪の事態</strong>になってから、<br />
<strong>新たな行動</strong>を起こす、<br />
というのは、<br />
<strong>新たな行動</strong>を起こすことに<strong>不安</strong>があるから、<br />
だけとは、限りません。<br />
<br />
そもそも、<br />
<strong>新たな行動</strong>を起こさずに、<br />
<strong>現状</strong>を、選び続けていれば、<br />
<strong>最悪の事態</strong>まで行くということを、<br />
<strong>知らない</strong>、という場合もあります。<br />
<br />
要するに、<br />
このままでは、<strong>事態は悪化</strong>するだけだ、<br />
という<strong>知識</strong>がない、ということです。<br />
<br />
その<strong>知識</strong>がなければ、<br />
<strong>現状</strong>が、<strong>苦痛</strong>であっても、<br />
今だけのことで、そのうち良くなるだろうとか、<br />
これぐらいのことは、しかたがないと、<br />
ただただ、我慢したりしてしまうのです。<br />
<br />
<strong>知識</strong>が不足しているために、<br />
自分自身に<strong>役立つような予測</strong>が、できないのです。<br />
<br />
もし、<br />
あなたが、今、<strong>苦痛</strong>な状態にあるなら、<br />
<strong>知識</strong>を得ることで、<br />
<strong>最悪</strong>を迎える前に、<br />
<strong>行動を起こす</strong>ことができるかもしれません。<br />
<br />
<strong>知識</strong>が、あなたを助ける、<br />
ということもあるのです。]]></content></entry><entry><title>最悪を迎えてから、行動する</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=716153" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=716153</id><issued>2007-09-30T14:16:46+09:00</issued><modified>2007-10-08T02:35:25Z</modified><created>2007-09-30T05:16:46Z</created><summary>経験していないことに対しての、
不安が大きいと、
新たな行動を起こすことより、
現状を選んでしまいがちです。

たとえ、
現状が苦痛に満ちていても、です。

すると、
いったい、いつ、
行動を起こすことになるのでしょうか。

それは、
最悪の事態になったときです。
先の不安を、考...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[経験していないことに対しての、<br />
<strong>不安</strong>が大きいと、<br />
<strong>新たな行動</strong>を起こすことより、<br />
<strong>現状</strong>を選んでしまいがちです。<br />
<br />
たとえ、<br />
<strong>現状</strong>が<strong>苦痛</strong>に満ちていても、です。<br />
<br />
すると、<br />
いったい、いつ、<br />
<strong>行動</strong>を起こすことになるのでしょうか。<br />
<br />
それは、<br />
<strong>最悪の事態</strong>になったときです。<br />
先の<strong>不安</strong>を、考える余裕がないほど、<br />
<strong>最悪の事態</strong>になったときです。<br />
もう、これ以上耐えられなくなったときです。<br />
<br />
<strong>最悪</strong>を迎えてから、<strong>行動</strong>することの、<br />
<strong>長所</strong>は、<br />
もう、そうするしかないので、<br />
<strong>迷い</strong>なく、行動に移せることです。<br />
<br />
そして、<br />
<strong>短所</strong>は、<br />
<strong>最悪の事態</strong>になるまでの間に、<br />
多くのものを、失ったり、<br />
<strong>痛手</strong>を負ったりすることです。]]></content></entry><entry><title>知らない不安より、知ってる苦痛</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=714497" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=714497</id><issued>2007-09-27T15:50:27+09:00</issued><modified>2007-09-27T06:56:17Z</modified><created>2007-09-27T06:50:27Z</created><summary>現在の状況は、まずいとわかっていながら、
なかなか、新たな行動を起こせない、
ということはありませんか？

決して、現在に満足しているわけではないのに、
そこから、抜け出せない理由の一つは、
不安です。

新たな行動を起こすと、
多くの場合、状況にも、変化が起きます。
自...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[現在の状況は、<strong>まずい</strong>とわかっていながら、<br />
なかなか、<strong>新たな行動</strong>を起こせない、<br />
ということはありませんか？<br />
<br />
決して、現在に満足しているわけではないのに、<br />
そこから、抜け出せない理由の一つは、<br />
<strong>不安</strong>です。<br />
<br />
<strong>新たな行動</strong>を起こすと、<br />
多くの場合、状況にも、<strong>変化</strong>が起きます。<br />
自分が経験したことがないような状況に、<br />
なるかもしれないのです。<br />
<br />
今まで、経験したことのない状況で、<br />
自分は対処できるのだろうか、<br />
今より、<strong>もっとひどい状況</strong>になるのではないか、<br />
などと、<strong>不安</strong>が、さらなる<strong>不安</strong>を呼びます。<br />
<br />
それに比べれば、<br />
今の状況は、<strong>ひどい</strong>と言っても、<br />
自分がすでに経験済みの、<strong>知っているひどさ</strong>です。<br />
<br />
そんなとき、<br />
<strong>知らない</strong>ことからくる<strong>不安</strong>を避けて、<br />
すでに<strong>知っている苦痛</strong>を選んでしまう、<br />
ということが起こるのです。<br />
<br />
あなたは、<br />
先の<strong>不安</strong>のために、<strong>苦痛</strong>を選び続けてはいませんか？]]></content></entry><entry><title>変わってほしい…その２</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=712182" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=712182</id><issued>2007-09-23T17:36:17+09:00</issued><modified>2007-09-23T08:35:25Z</modified><created>2007-09-23T08:36:17Z</created><summary>あなたは、
自分は変わらないままで、
その何かが、変わってくれることを、
期待しているのかもしれません。

あなたが、変わらないままでも、
それが、変わるのであれば、
もしかすると、その変化は、
そもそも、あなたとは、無関係に起きる変化である、
ということは、ありません...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[あなたは、<br />
自分は変わらないままで、<br />
その何かが、<strong>変わってくれる</strong>ことを、<br />
<strong>期待</strong>しているのかもしれません。<br />
<br />
あなたが、変わらないままでも、<br />
それが、変わるのであれば、<br />
もしかすると、その<strong>変化</strong>は、<br />
そもそも、あなたとは、<strong>無関係に起きる変化</strong>である、<br />
ということは、ありませんか？<br />
<br />
要するに、<br />
あなたの気持ちや行動に、関わりなく、<br />
その<strong>変化</strong>が起きるときには、起きるし、<br />
起きないときには、起きない、<br />
という変化かもしれないのです。<br />
<br />
あなた自身が、その何かが、変わることを、<br />
<strong>期待</strong>しているということは、<br />
あなたは、その何かから、<strong>影響</strong>を受けている、<br />
ということです。<br />
<br />
しかし、<br />
その何かが、変わるか、変わらないか、<br />
ということに、<br />
あなたは、<strong>影響</strong>を与えられないのです。<br />
<br />
あなたと<strong>無関係に起きる変化</strong>に対して、<br />
あなたは、その変化を<strong>期待</strong>してもかまいません。<br />
<br />
けれども、<br />
あなたは、その<strong>変化</strong>に対して、<br />
<strong>無力</strong>であることを、忘れないでください。]]></content></entry><entry><title>変わってほしい…その１</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=710403" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=710403</id><issued>2007-09-20T14:36:58+09:00</issued><modified>2007-09-20T05:36:10Z</modified><created>2007-09-20T05:36:58Z</created><summary>あなたは、
自分は変わらないままで、
その何かが、変わってくれることを、
期待しているのかもしれません。

もし、そうなら、
その何かに対する、あなたの影響力について、
もう一度、考えてみてください。

あなたが、これまで取り続けている行動は、
その何かが、変わることを、
...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[あなたは、<br />
自分は変わらないままで、<br />
その何かが、<strong>変わってくれる</strong>ことを、<br />
<strong>期待</strong>しているのかもしれません。<br />
<br />
もし、そうなら、<br />
その何かに対する、あなたの<strong>影響力</strong>について、<br />
もう一度、考えてみてください。<br />
<br />
あなたが、これまで取り続けている行動は、<br />
その何かが、<strong>変わること</strong>を、<br />
<strong>じゃま</strong>してはいないでしょうか。<br />
<br />
<strong>変化を望み</strong>ながら、<br />
一方では、<strong>変化をじゃま</strong>する。<br />
<br />
それは、あなたが、<br />
<strong>本当は、変化を望んでいない、</strong><br />
という証拠とは、限りません。<br />
<br />
たんに、あなたが、<br />
自分の行動が、変化のじゃまをしていることを、<br />
<strong>知らなかった</strong>から、ということもあります。<br />
<br />
だから、<br />
自分の行動が、<strong>変化のじゃま</strong>をしていないか、<br />
点検してみましょう。<br />
<br />
結果的には、<strong>変化のじゃま</strong>をしていた、<br />
これまでのあなたの行動は、<br />
<strong>別の目的</strong>のために、必要な行動だったのかもしれません。<br />
<br />
そうした場合、<br />
<strong>変化のじゃま</strong>をしない、他の行動が見つからないのであれば、<br />
その<strong>別の目的</strong>を諦めるか、<br />
<strong>変化</strong>を諦めるか、<br />
あなたは、<strong>選択する</strong>しかありません。]]></content></entry><entry><title>変えるには、変わる</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=708215" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=708215</id><issued>2007-09-16T21:30:04+09:00</issued><modified>2007-09-16T12:28:44Z</modified><created>2007-09-16T12:30:04Z</created><summary>何でも、自分の思い通りになるとは、限りません。
しかし、
何も、自分の思い通りにならない訳でも、ありません。

もし、
あなたが、何かを変えたいなら、
まず、あなたが、変わる必要があります。

これは、とても当たり前のことなのに、
自分自身のこととなると、混乱しがちです...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>再び、変えるの巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[何でも、自分の思い通りになるとは、限りません。<br />
しかし、<br />
何も、自分の思い通りにならない訳でも、ありません。<br />
<br />
もし、<br />
あなたが、何かを<strong>変えたい</strong>なら、<br />
まず、あなたが、<strong>変わる</strong>必要があります。<br />
<br />
これは、とても<strong>当たり前</strong>のことなのに、<br />
自分自身のこととなると、混乱しがちです。<br />
<br />
自分は変わらずに、その何かだけを変えたいと、<br />
<strong>思うこと</strong>だけなら、できます。<br />
<br />
しかし、<br />
あなたが、実際に変わらなければ、<br />
その何かに、<strong>影響を及ぼす</strong>ことは、できないし、<br />
その<strong>影響から逃れる</strong>ことも、できません。<br />
<br />
あなたが、変えたいものが、<br />
<strong>人</strong>であっても、<br />
<strong>物</strong>であっても、<br />
<strong>事柄</strong>であっても、<br />
同じことです。]]></content></entry><entry><title>心の問題、悩み</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=565281" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=565281</id><issued>2007-06-03T17:18:50+09:00</issued><modified>2007-06-03T08:19:41Z</modified><created>2007-06-03T08:18:50Z</created><summary>心の問題や、悩みに、お答えします。

自分を変えたい、成長させたいあなたに、
コメント欄で、
ワン・ポイント・アドバイス致します。

相談の内容に関連のある他の記事の、コメント欄でもＯＫです。

（年齢、性別などの情報があると、
より的確に、アドバイスできます）
</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>相談コーナー</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[<strong>心の問題</strong>や、<strong>悩み</strong>に、お答えします。<br />
<br />
自分を変えたい、成長させたいあなたに、<br />
コメント欄で、<br />
ワン・ポイント・アドバイス致します。<br />
<br />
相談の内容に関連のある他の記事の、コメント欄でもＯＫです。<br />
<br />
（年齢、性別などの情報があると、<br />
より的確に、アドバイスできます）<br />
]]></content></entry><entry><title>自分に罰を与える意味　その３</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=549706" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=549706</id><issued>2007-05-19T17:32:08+09:00</issued><modified>2007-05-19T08:31:58Z</modified><created>2007-05-19T08:32:08Z</created><summary>自分が、自分に罰を与える場合、
自分の反省を促すためでもなく、
相手の仕返ししたい気持ちに、応えるのでもなく、
別の意味が、込められているときがあります。

もしかすると、あなたは、
自分に罰を与えることで、
自分の心のバランスを取っているのかもしれません。

悪いこと...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>過去の巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[自分が、<strong>自分に罰を与える</strong>場合、<br />
自分の<strong>反省</strong>を促すためでもなく、<br />
相手の<strong>仕返し</strong>したい気持ちに、応えるのでもなく、<br />
別の意味が、込められているときがあります。<br />
<br />
もしかすると、あなたは、<br />
<strong>自分に罰を与える</strong>ことで、<br />
自分の<strong>心のバランス</strong>を取っているのかもしれません。<br />
<br />
悪いことをすれば、<br />
その<strong>報い</strong>がある。<br />
<br />
悪いことをすれば、<br />
<strong>バチ</strong>が当たる。<br />
<br />
これは、<strong>因果応報</strong>の考え方です。<br />
<br />
そして、<br />
悪いことをしたのに、<br />
<strong>このままでいいはずがない…</strong>。<br />
<br />
あなたは、<br />
もっと強力な<strong>報い</strong>や<strong>バチ</strong>を、受けなければ、<br />
自分自身の<strong>心のバランス</strong>が取れない感じが、<br />
しているのかもしれません。<br />
<br />
けれども、<br />
もう一度、考えてみてほしいのです。<br />
<br />
<strong>因果応報</strong>の考え方では、<br />
<strong>報い</strong>も、<strong>バチ</strong>も、<br />
自分がとった行動が<strong>原因</strong>で、<br />
<strong>結果</strong>として、やって来るものなのです。<br />
<br />
そしてまた、<br />
<strong>報い</strong>や<strong>バチ</strong>を、受けたからといって、<br />
さかのぼって過去の<strong>原因</strong>を、<strong>帳消し</strong>にする、<br />
ということでもないのです。<br />
<br />
もし、あなたが、<br />
<strong>このままでいいはずがない</strong>、<br />
と思えるなら、<br />
<strong>結果</strong>として生じた現実を<strong>受け止め</strong>、必要な<strong>対処</strong>をし、<br />
今度は、<strong>良い結果</strong>を導くような<strong>行動</strong>をすることこそが、<br />
必要なのです。]]></content></entry><entry><title>自分に罰を与える意味　その２</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=540534" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=540534</id><issued>2007-05-13T16:19:27+09:00</issued><modified>2007-05-13T07:18:58Z</modified><created>2007-05-13T07:19:27Z</created><summary>一般的に、
罰にこめられている、もう１つの意味は、
被害者側の立場に立った、仕返しです。
「たたかれたら、たたき返す」です。

被害者側と、同じ苦しみを、味わえ、
ということです。

なので、
再び同じことは繰り返さない、
といくら反省していても、
それでは、ダメなのです。

...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>過去の巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[一般的に、<br />
<strong>罰</strong>にこめられている、もう１つの意味は、<br />
<strong>被害者</strong>側の立場に立った、<strong>仕返し</strong>です。<br />
「<strong>たたかれたら、たたき返す</strong>」です。<br />
<br />
<strong>被害者</strong>側と、<strong>同じ苦しみを</strong>、<strong>味わえ</strong>、<br />
ということです。<br />
<br />
なので、<br />
再び同じことは繰り返さない、<br />
といくら<strong>反省</strong>していても、<br />
それでは、ダメなのです。<br />
<br />
<strong>同じ苦しみ</strong>、<br />
あるいは<strong>同じくらいの苦しみ</strong>を、<br />
相手が、<strong>味わう</strong>ことで、<br />
<strong>被害者</strong>側は、<strong>怒り</strong>がおさまり、<strong>気がすむ</strong>のです。<br />
<br />
この意味で、<strong>自分が</strong>、自分に<strong>罰</strong>を与えるということは、<br />
<strong>被害者</strong>に成り代わって、<br />
自分に<strong>罰</strong>を与えることになります。<br />
<strong>被害者</strong>側が、納得し、<strong>気がすむ</strong>ような<strong>苦しみ</strong>を、<br />
自分に与えることになるのです。<br />
<br />
けれども、<br />
<strong>被害者</strong>側であるその人は、<br />
実際、どんな<strong>仕返し</strong>をすれば、<strong>気がすむ</strong>のでしょうか？<br />
本当に、<strong>仕返し</strong>を望むような人なのでしょうか？<br />
<br />
そしてまた、<br />
あなたが、その人の代わりに<strong>仕返し</strong>していることを、<br />
その人は、どうやって、知るのでしょうか？]]></content></entry><entry><title>自分に罰を与える意味　その１</title><link rel="alternate" type="text/html" href="http://blog.sasayuki.com/?eid=533995" /><id>http://blog.sasayuki.com/?eid=533995</id><issued>2007-05-05T17:18:38+09:00</issued><modified>2007-05-05T08:26:59Z</modified><created>2007-05-05T08:18:38Z</created><summary>一般的に、
罰にこめられている意味の１つは、
苦しみを与えることによって、
懲らしめて、２度と同じことをしないよう、
反省を促すことです。

悪いことである、
ということを、
苦しみという痛みを感じさせることで、
わからせる、ということです。

したがって、
この場合は、
苦し...</summary><author><name>ササユキ</name></author><dc:subject>過去の巻</dc:subject><content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="ja"><![CDATA[一般的に、<br />
<strong>罰</strong>にこめられている意味の１つは、<br />
<strong>苦しみ</strong>を与えることによって、<br />
<strong>懲らしめ</strong>て、２度と同じことをしないよう、<br />
<strong>反省</strong>を促すことです。<br />
<br />
<strong>悪いことである</strong>、<br />
ということを、<br />
<strong>苦しみ</strong>という痛みを感じさせることで、<br />
<strong>わからせる</strong>、ということです。<br />
<br />
したがって、<br />
この場合は、<br />
<strong>苦しみ</strong>を与えること自体が、<br />
目的ではありません。<br />
目的は、<strong>反省</strong>を促すことです。<br />
<br />
もし、あなたが、<br />
充分に<strong>反省</strong>しているなら、<br />
この意味での<strong>罰</strong>を、自分に与える必要は、<br />
もう、ないでしょう。<br />
<br />
あるいは、<br />
本当にもう<strong>懲り懲り</strong>、<br />
と感じているなら、<br />
すでに、苦しんだのであり、<br />
その<strong>苦しみ</strong>こそ、<strong>罰</strong>であったのです。<br />
<br />
だから、<br />
あらためて、自分に<strong>罰</strong>を与える必要は、<br />
なくなっています。<br />
<br />
必要なことは、<br />
２度と、そうしない、<br />
あるいは、そうならないためには、<br />
<strong>どうすればよいか</strong>を、<br />
<strong>考え</strong>、<strong>実行</strong>していくことなのです。]]></content></entry></feed>